R4.11〜R5.2までの近況

もう半年くらいブログ書いてなかったから書くことにした。
でもこの半年間、実は何記事か書いてるんだけどなんかいまいちだと思って投稿してなかっただけだからいつか気が向いたら投稿しようかな。

ここ数ヶ月の近況をまとめる。

11月
・誕生日を迎える。私は逢田さんとタメなんだけど職場ではまだ20代扱いされてて「ろくろくさんはまだ20代なんだから」みたいなこと言われるたびに「あ、いや、もう違うんですが」という訂正をしては気まずい雰囲気になる。ならないでほしい。

・3年ぶりくらいに東京に行った。田舎者なので相変わらず人の多さと建物のデカさに圧倒された。
やが君舞台を観に行ったんだけどこのことは別で書いたからいつか投稿したい。
とにかく顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔❤️って感じ。
小泉萌香さん……萌え〜😍

翌日品川の例の水族館行ったんだけど、水族館の中にアトラクションあるの何?
あれ結構びっくりした。あとあのハイテクなマップ。ホログラムみたいな…。
帰ってから職場の人に話したらみんなすげえ!すげえ!って大興奮だった。
私くらいになると今でもmaxellの乾電池見るだけであの日々のこと思い出すよ。
楽しかったな…。

あと東京って田舎と違って広いから外出先で知り合いに会う心配なくていいよね…
っていつもどこか行くたびに知り合いに会うのが嫌な私は思ってたんだけど、
フォロワーとの待ち合わせ場所に向かう電車で隣の隣にフォロワーが座ってるの知らずに乗ってて
ふと横見たらお互い「あっ」ってなった時都会でもあるんだ…って感動した。

12月
ナンバーガールのライブ観に行ったのが一番の思い出かな。
最後の最後に当選して観れたから本当に良かった。
ライブも圧倒されたし、17歳に戻った気持ちだった。
そんな気持ちのままオタクと飲みに行ってずっとデカい声でやが君とストパニマリみてなどの百合作品や女性声優の顔の話をしてた。
00年代の百合作品を振り返りたいね。そんなブログも書きたいな。

・賃貸の更新をした。本当なら退去するつもりだった。このクソ部屋…。
でもいろんな事情がありもうしばらく借り続けることにした。
更新のために管理会社に出向いたら最近入ったみたいな新人がオドオドしながら接客してた。
オドオドしながら契約書みたいなのを読んでくれたんだけど
「あなたは暴力者ではないですか?ということが書いてあります。あ、違う、暴力団関係者。暴力団の方とは違いますよね?」
「普段、大麻やシンナーなどはやっていませんか?」
など聞かれて笑いそうだった。
やってたとして、そこでやってますって言うことある?聞き方が直球すぎる。

更新料払ってそのお釣りを持ってくるのにもあたふたして時間かかるしちょっとイライラしたけどどう見ても新人の若い男の子だったので仕方ないなあと優しい目で見守った。

1月
・当時さんざんツイートしたけど、新年初出勤の日にいきなりやらかして知らん人の車に乗り込んだ。
恥ずかしくて誰にも言えなくて、でもTwitterでネタにすれば少しは笑い話にできるかなと思ってツイートしたら、いいねされるたびに通知きて思い出して恥ずかしさで狂いそうになるのを繰り返した。

その日の仕事がクソ忙しかったから幸い仕事中思い出すことはあんまりなかったんだけど、Twitter開くたびに思い出してめちゃくちゃ恥ずかしくなった。

朝から父親に自分の家まで送ってもらうことにして、いつもお父さんが車を停めてる位置にお父さんそっくりの服装と見た目したおじさんがボロい車停めてたんだよね。
それでふと最近車の調子悪くて買い替える話してたの思い出したり、代車にしたって言ってたような気もしてきて(実際に代車の時期もあったけどそれは結構前のことだった)その代車がボロくて最悪って言ってたのも思い出して…。
いろんな記憶が混ざり合いこの車だろう!と乗り込んでしまった。

ナンバープレート折れ曲がったボロボロの車だったからマジでこの代車ボロいなーみたいな気持ちで乗り込んだので「なんか変な車だねー」とか言いながら乗り込んだ。
後部座席に、荷物をドスンと置いてど真ん中に座って…。
運転席のおじさんがじーっと見つめてきた。
この距離でもまだお父さんと似ててわかんなかった。でもなんか違う。
似てるけど、なんか違った…。
だんだん血の気がひいていく。
「え、あの…どなたですか…?」
あ、お父さんじゃない…。
私は恥ずかしさのあまり笑い出した。
「えっえっwww」
間違えて乗り込んだことよりも変な車と言ってしまったことの申し訳なさが出てきた。
「すみません!間違えました!すみません!」
を何度も繰り返した後「いつもと違う車と思いながらも乗り込んでしまったんです!申し訳ないです!」
といつもと違う車だったから「なんか変な車」と言ってしまっただけで決してあなたの車が変な車であるという意味で言ったわけではないですよという謎のフォローをした(つもり)
これではいつもと違う車とわかってたのに乗り込んできたイカれた女でしかないが。

あの不審者を見るような目を思い出すだけで頭を抱えてしまう。
しばらくフラッシュバックしてPTSDに悩まされた。

私のおばあちゃんが昔お父さんの車とそっくりの車に乗り込もうとして家族みんなで笑ってたんだけど
おばあちゃんですら「そっくりの車」かつ「乗り込もうとした」だけ。
なのに私は「全然違う車」に「しっかり乗り込んだ」上に運転席の知らんおじさんと見つめ合う時間まであってもなお、しばらく気付けてなかったから頭がどうかしてるのかもしれんな…。


2月
・首の痛みで寝れなかったり頭痛までしてきたから整形外科に行った。頚椎椎間板症、胸郭出口症候群と診断された。
なんか大袈裟な名前だからそのまま上司に伝えたら休みやすくなった。やったぜ。
要するにデスクワークやスマホ、ゲームで姿勢悪くてストレートネックがひどいみたいなんだけど…6月くらいまでリハビリに通うことになった。
担当の理学療法士のお姉さん(年齢不詳)にベッドに寝かせられて体中を触ったり、揉まれたりした。
ずっと痛かった。
どこ押されても痛かった。
お姉さんは「押されて痛い時教えてください」と言う。
けどあまりにも常に痛いのでこれは誰が押されても痛い位置なのかと思い、どうしたらいいのかわからなかった。
急激に痛い時だけ言うことにしたらお姉さんが「ここ痛いはずなんだけどな…」とかぶつぶつ言い出した。
あ、そうなんだ。
「痛いです!」
すかさずアピールした。
「だよね。ここ痛いとこですよねー」
お姉さんが嬉しそうにしていたのでよかった。
私はお姉さんが喜んでくれるならそれでいい。

違う場所押されるたびに痛いって言うのもめんどくさいし、お姉さんが痛いって言って欲しそうなときだけ言うプレイを楽しんだ。

ある程度私の体を確認した後お姉さんは私のことを「全体的に歪んでいて硬くて向きもおかしい」みたいなこと言ってた。
やばいじゃん。

その後一緒に体操しようと言われて四つくらい体操を教えてもらって家でもやってくださいって言われたんだけどもう半分しか覚えてない。
ごめんね。バカで。

そのうちの一つに鎖骨の下辺りを触ってほぐす動きがあるんだけど、お姉さんが
「鎖骨を触ってください」って言われて鎖骨がどこか一瞬わからなくなって、喉仏(無いが)辺りを触ってしまった。
「鎖骨ですよ?」と苦笑していた。
するとお姉さんが私の鎖骨を触って「ここです」と教えてくれた。
確かに、そうだわ。鎖骨ってここだった。
恥ずかしくなってフフッと笑いながら知ってたかのような感じで「ですよね」とか言った。

そのまま初回は終了したけどリハビリの計画表みたいなの渡された時
「これは家に持って帰っていいのですか?」
とか聞いてしまい、お姉さんが吹き出しそうな顔になってた。
そのうえ荷物忘れたまま帰ってて、とうとう爆笑しながら渡された。
いろいろ堪えてたのかな。
でもお姉さんが笑ってくれたならいいよ。
また来週もリハビリよろしくね。

・今日福岡に遊びに行った。
その高速バスの中でこのブログを書いてる。
と言ってもほとんど書いてたのでここから。
結局この記事も1月くらいからコツコツ書いてたんだよね。
なんかもう箇条書きにせずに月別に投稿したらよかったわ。

私は基本的に並ぶのが苦手だからこの人生ではUSJのジェットコースターくらいしか並んだことなかったんだけど、今日は大行列のパスタ屋に並んだ。
そんなに美味しくもなかったけど雨に打たれながら1時間近く並んだから美味しいような気がした。
その後EZO福岡みたいな変な名前の施設に行ってVR的なゲームしたりクソデカ滑り台を滑ったりした。
HKT劇場と同じ建物だったせいでたくさんのオタクがいて怖かった。
オタクが奇声を上げながら滑り台からたくさん出てきた。
私は首を痛めてるので滑り台を滑る友達を眺めていた。

夜はもつ鍋を食べた。
カウンターしか空いてなくて仕方なくカウンターで食べたんだけど首を痛めてる私は横を向いて話すだけで頭痛がした。
しかもみかん酒が美味すぎてがぶ飲みしたら意識遠のいて吐くかと思った。
怖くなってコーラとウーロン茶をがぶ飲みした。
その後は帰りのバスまで時間があったからタリーズでお茶した。

そして今、高速バスの中でとてつもない尿意に襲われている。
家に着くまで少なくともあと1時間以上かかる。
結束バンドの結束バンドというアルバムを聴いて、私はやっぱり喜多ちゃんのこと本気で好きになったみたい…とか思いながら何とか必死に気を紛らわせて我慢してる。

頑張るね。